ルシアの子にして、エルフの王子アンリは悩んでいた。最近、王宮に戻らず離宮に入り浸るルシアは母の様子を見るためにそっと離宮を訪れ、そして見てしまったのだ母と人間の情事を。
アンリは誰にも話せなかった。こんな事が知れれば…父は‥そしてこの国は…
だがあんなに幸せそうな、少女のような母の顔を見たことはなかった。王妃として使命を果たすため己の人生を捧げてきた母の姿を知っているからこそ、どうしていいかわからずにいた。アンリは答えを出せぬまま母の様子を監視させることにした。アンリが最も信頼のおける者に。
「へい、おーやびん!ただいま、さんじょーでち!」
後に、エルフ王アンリは語る。どうしてあの時私は、でち達に頼もうと思ったんだろうと。
『子供ができました。あなたの子です…』
でちがルシアの監視を頼まれて数カ月後。
デュカに新たな生命の誕生を告げるルシアの肩は微かに震えていた。
「ありがとう。ルシア。必ず君を幸せにする。俺について来てくれるか?」
『‼︎…はい、あなたとならどこまでも…』
ルシアの瞳から涙が溢れた。 硬く抱き合う二人。子ができた以上、もうここにはいられなかった。
『でち、いるんでしょう?出て来なさい』
ルシアの声にでち達が姿を表す
「何でわかったでち!?」
(あれだけわちゃわちゃ騒いで、しょっちゅう、つまみ食いしておいて何故バレてないと思ったのかしら…)
『でち。人間族の珍しいお菓子をあげるわ。サーターなんとかという‥』
「え?ホントでちか!」
『これよ。食糧庫にもたくさんお菓子があるから全部食べていいわよ。鍵は開けてあるから』
「おおお、やったでち!ルシア太っ腹でち!」
パクパクもぐもぐ…
「ルシア達は行ったみたいでちね」
「アンリすまんでち。ルシアはでちにとってもかーちゃんなんでち…」
「だから…だから…うっ、うう…』
「「「「うわぁーん‼︎」」」
「かーちゃん!るしあー!!」
パクパクもぐもぐ…
数日後、戻らぬルシアを心配し、離宮を訪れたアンリが見たものは、食料庫でお菓子を食いまくってるでち達の姿だった。ルシアについて尋ねると 一言。
「やっちまったでち」
アンリはがくりと膝を落としたが、やがて何かを悟ったのか、でち達を責めることはしなかった。
ルシアが残した謝罪の手紙により、人間の子を宿し、駆け落ちした事実は夫であるエルフ王の知るところとなった。エルフ王は怒り狂い、ルシアを薄汚い裏切り者として追手を差し向けた。
そしてアンリ王子の必死の弁護も虚しく、ルシアを逃した罪、そして何よりルシアの守護精霊であるという八つ当たりからでち達は処刑されることとなった。‥だが
「やーい!でちがおとなしくしょけいされると思ったでちか!」
王都の空に魔法で投影される。でち達の姿。かってイタズラに使った魔法の宝玉の力だった。
『やーいエルフ王!そんはせまい心だからルシアに逃げられるんでち!』
「長く生きてるだけのろーがい!」
「みせーねんを嫁にしたロリコン!」
「ねとられすきー!」
煽る。煽る。煽る。
『うぇーい!エルフ王くんみてる~?
これからサーター何とか、美味しくいただいちゃうでちよ!』
意味のわからない事をやり始めた、でちを横目にエルフ王の怒りはクライマックス
「殺せ!ルシアと一緒にやつらも殺せ!」
枯れた植物のようだったエルフ王の怒声が王宮に響いた。
処刑寸前のでち達をこっそり逃したのは王子アンリであった。
その夜、アンリの寝室に現れたでち
『お別れにきたでち』
『でちはこの国を出てくでち』
「一体どこへ?」
『とりあえずルシアをぶん殴りにいくでち。アンリを傷付けたお返しでち!』
「はは…お手柔らかにね」
『ばいばい!アンリ!いい王様になるでちよ!』
でちの目には涙が溢れていた。
それが幼い頃から兄妹同然に育ったアンリとでちの今生の別れだった。