『後生です‥どうかこの子だけは‥』
1日前まで領主の妻であった春清の方は、娘を守るためこの卑劣な裏切り者に懇願するしかなかった。
戦乱の世で敗者の運命は常に残酷だった。
山際を紅く照らすのは燃え落ちる城。その城主もまた城と運命を共にした。
家老である葉成が隣国の君主に寝返り、敵の軍を手引きしたのだ。
落城を覚悟した城主はせめてもと、妻の「春清の方」と、娘の「青梅の姫」を井戸の抜け穴から城外へと逃がした。
しかし彼女らは裏切りの家老、葉成の手に落ちていた。
「フフフ‥奥方様。私は寝返った報酬として、あなた方も貰い受けたのですよ。逆らえばどうなるか…聡明な貴方ならわかりますね?」
『あ、ああぁ‥』
「か、母様‥」
『大丈夫よ‥母様がずっと付いているからね‥』
葉成は新しい君主に裏切り報酬として、この地域一帯を治める領主の座を与えられた。そして温泉の湧くこの地に別荘を作り、そこに春清の方と青梅の姫を妾として囲ったという。
その後、2人がどのような生涯を送ったのかを示す記録は残っていない。
しかしその別荘は時代を経て、やがて「春分荘」と呼ばれる宿になる。
略奪者によって征服される母娘の運命が、また繰り返されていた。