
「ここは人間が立ち入っていい場所ではないぞ」
森の中に凛とした声が響く。
青年デュカはその声に振り返り、その声の主を見たとき死を覚悟した。
エルフの王妃ルシア。数十年前の戦争ではエルフ軍を率いて人間の軍を打ち破り、
かって人とエルフの緩衝地帯となっていたこの広大な森林地帯をエルフの完全な領土とし
人が入ることを禁じた張本人であったからだ。
デュカは母の病に効くという薬の材料を採るため危険を承知でこの森へと赴いた。
街で売ってる薬は、到底庶民の手に届くような金額ではなかったからだ。
デュカはルシアに懇願した。母に薬の材料を届けたら罪を償いに戻るから今は見逃して欲しいと。
ルシアはその願いを聞き入れ、そしてデュカは約束通り戻ってきた。
ルシアはその愚直さに笑った。「逃げようと思えば、逃げられただろうにと。」
デュカを気に入ったルシアは特別に、デュカがこの森に薬の材料を取りに来ることを許した。
デュカの母の病は継続的に薬をのませる必要があるためデュカにとっては感謝しきれないことだった。
デュカは森を訪れるうちルシアと交流を深め、森にあるルシアの別離宮でお茶に付き合ったり、お喋りに花を咲かせるようになっていった。
それから二十数年の時が流れた。デュカもすでに若者とは言えない年となった。
だがデュカは妻子を持たなかった。ルシアが彼の心の中に住み着いてしまっていたから。
叶わぬ恋と知りながら、そしてその秘めた思いは墓まで持っていくつもりであった。
そして今日を限りに、ルシアに会うことも叶わなくなるのだと。
「王妃様。今日はお別れに挨拶に参りました。
昨日、母が亡くなりました。病で先が長くないと言われていた母が長く生きられたのは
ひとえに王妃様の御慈悲のおかげです。こんにちまでありがとうございました。
私がここに来るのも今日が最後です。さようなら。貴方様の幸福を心から祈っております。」
ルシアの前に跪き、涙ながらに感謝と別れの言葉を告げるデュカ。何も言えぬまま立ち尽くすルシア。
デュカがその場を去ろうとしたとき、その背にルシアが縋り付いた。
「行かないで‥デュカ…」
二十数年の時を経て、その日、二人は一線を超えた。